マッハさん
ちょっと昔の話をしようかと思います。
あれは僕が高校3年生の時ですから、もう8年ほど前の話。
僕ら自転車通学組の間ではある2年生の女生徒が話題になっていました。
とりあえず,自転車を漕ぐの超速い女の子がいる
ある日,彼女を見かけた友人が,
彼女に(密かに)勝負を挑み,学校に先についた方が勝ちというレースを
(勝手に)行ったところ,完敗だったと。(彼女は知らない)
誰が呼んだか「マッハさん」。
(この「さん」は3ではなく,「君」とか「ちゃん」の仲間です。)
こちらはもうバリバリの男子高校生ですから,
それはもう勝負を挑みますよね。
やらない理由がない。
別の友人が言いました。
「俺に任せろ」と。
次の日に言いました。
「完敗だった。」と。
また別の友人が言いました。
「それなら俺が」と。
次の日に言いました。
「俺なりに健闘した。」と。
幾多の猛者が敗れ去りました。
最後に「次はおめーが行け」と言われました。
「朝8時10分頃に『和食さと』の交差点付近に現れるから」と。
「俺らの敵を討ってくれ」と。
決戦の朝です。
受験生にも関わらず,前日9時過ぎには就寝し,
いつもより10分早く家を出まして,
交差点付近で待機。
彼女を見つけました。
「よし,あの信号が青になったらスタートだ」(独り言)
青になります。
マッハさんは走り出す。何かに追われるよう。
マッハさん,スタートダッシュ超速い。(座り漕ぎ)
真剣に「その自転車,エンジンでも積んでるんじゃね?」って疑うぐらい。
こちらもとりあえず必死で追いつきます。(立ち漕ぎ)
しばらく一進一退の攻防が続きました。
抜いて抜かれて抜きかえして。
道中の半分ぐらいきたところで,力尽きました。
あぁもうこれは無理だなって。
こっちは汗だくで漕いでるのに,マッハさん鼻歌でも歌わんばかりの余裕顔。
汗一つかいてないもの。
あと,抜かれた直後のマッハさんのスピードアップがすごい。
勝負を挑まれているのも知らないはずなのに,抜かれた後の闘争心がすごい。
併せ馬みたい。
この日,友人達に報告しました。
「彼女は“スピードの向こう側”の住人だ」と。
時は少し流れて卒業式です。
特に意識していたわけではありませんでしたが,
いつもの交差点でマッハさんを見かけました。
在校生として卒業式に参加するようです。
あれから何度か勝負を挑んでは,返り討ちにあっていた僕は
最後の勝負を挑むことにしました。
神様がくれたチャンスだと思いました。
ただ,いつものように勝負を挑んでも結果は見えています。
そこで作戦をたてました。
とりあえず学校に着く直前までは彼女の後ろにぴったりはりついて
空気抵抗をなくし(スリップストリーム ←マンガで読んだ),
校門の直前で彼女を抜き去り,併走せずにゴールしてしまうという,
男性が年下の女性に対して使うとは思えない,ちょっぴり卑劣な戦法。
でも,もう今日で卒業ですからね。
学校に来ることもなくなりますし,マッハさんに会うこともないでしょう。
勝たねばならないのですから,仕方がありません。
少々予定外だったのは,うしろにぴったりマークが,思った以上にきつかったこと。
それでも最後の勝負ですから,力を振り絞りました。
もう卒業式に出れなくなったっていいって思いながら。
いよいよ校門が見えてきました。
「ここだっ」
って大きくふくらみます。
そして彼女を抜き去り,一気にゴール(校門)をくぐります。
ゴールした後,マッハさんを振り返ると,彼女はゆっくり自転車を降りて,僕にこう言いました。
「卒業おめでとう」
はい。最後は嘘です。
現実はドラマではありません。そんなマンガみたいな展開はありませんでした。
結局,校門直前でマッハさんを抜くために大きくふくらんだところ,
ちょうど後ろから来ていた車に
これでもかっていうぐらいクラクションを鳴らされ,
びっくりするぐらい鳴らされ,
親の敵かっていうぐらい連打され,
思わず止まってしまっている間に
マッハさんは学校に消えていきました。
結局マッハさんの本名を知ることもなく,話したこともありませんでしたが,
今も元気にしていたらいいなと思います。
ちゃりこ