拳を天につき上げろ

「まだそんな幼稚なことしてんのか」

中1の時,クラスメイトの瀬川君にそう言われた。

休み時間に友人らと,自作のすごろくをしていた時だ。

我ながらよくできたすごろくで,カードを駆使してポイントを集めながら進む,先生の目を盗んではコツコツ描き進め,それなりに時間をかけてつくった大作である。

自由帳を8ページほどフルに使ったものだ。

途中で大逆転の要素もふんだんに盛り込んでおり,友人らには大好評であった。

ただ,大作過ぎるが故に休み時間内にゴールすることが難しく,いつも途中で終わっては,また最初から始めていた。

我々にセーブの概念はなかった。

最初の方のマスなんて,みんなほぼ暗記していたので,みんな10マス目の「飛行機カードをゲットする」マスを狙った。

飛行機カードは障害物を飛んでよけることができるので,最初にこのコマに止まり,飛行機カードをゲットできたものはその後の展開に圧倒的有利であった。

ちなみに「重戦車カード」は,どんな防御も吹き飛ばす絶対的な攻撃力と,どんな攻撃も防ぐ絶対的な防御力を持つ代わりに1マスずつしか進めなくなる地雷カードであり,重戦車カードをゲットしてしまったものは,その後サイコロをふる必要はなく,みんなに置いていかれて,ただただゲームの行方を見守ることになった。

「俺,今日は絶対飛行機カード引けそうな気がする」って,朝からキラキラした顔で言ってた寺川くんが,宣言通り飛行機カードをゲットし,拳をラオウのように天に突き上げたとき,その様子を見ていた瀬川君が言った。

「まだそんな幼稚なことしてんのか」

思春期に少年から大人に変わる。

中1の終わりごろ,我々はまだまだ少年であったが,瀬川君は大人になりかけていた。

瀬川君は嫌われ者というほどではなかったが,好かれているわけでもない,たまにちょっとイラッとすることを言うというポジションだった。

我々は怒った。特に寺川くんが怒った。

飛行機カードを引いたのに水をさされたのだ。それは怒る。

その日の放課後,我々は決起集会を行った。

「瀬川君に鉄槌を!」我々の意見は一致した。

瀬川君の似顔絵を描いて,教室の後ろの黒板に貼った。

真夏でも黒い革パンをはいていることをちょっといじった。

「ミッキーマウスに憧れているから,セッキーと呼んでくれ」って吹き出しもつけた。

人生初のプロパガンダ。

結果,何故かバズった。

朝,似顔絵を一目見て,何か言いたげな表情をしたが,

すぐに女子に囲まれてセッキー,セッキーって呼ばれて,まんざらでもないって表情になった。

ニヤニヤしながらこっち見んな。

親指立てんな。

瀬川君 とはその後,帰り道が一緒だったこともあり,仲良くなった。マンガを貸してくれるのはいいのだけれど,そのマンガを手渡す直前にあらすじを話し始め,どこがよかったかページをめくりながら延々と感想を言ってくる厄介な癖があった。借りる立場なので,強くは言わなかったけど,その情報いらないのよ。これから読むんだから。

ここで,人の話を脳を経由させずに聞き流し,どんな意味でも使える適当な相づちをうつという技術を身に付けた。これは,現在おたかさんの話を聞くときにも役立っている。

おたかさんの話は脈絡も意味もほとんどないが,本人は何かありそうなテンションで話しかけてくるので厄介である。脈絡も意味もないことを,本人も話し終わるまで気付かないので,結構たちが悪い。

考えたところで意味はないので,そのうち僕は考えるのをやめた。

ちなみに瀬川君とは高校がバラバラになると疎遠になったが,大学生の時にコンビニでバイトしてたのを見かけた。

店長っぽい人にセッキーって呼ばれてた。

あいつ,多分自分で名乗ってるな。

ちゃりこ